観光客でにぎわう倉敷川沿いの美観地区。 でも、本当にこの町を知るなら、もう少し裏通りを歩いてみるのがいいかもしれません。標高35メートルの鶴形山。その山ろく南側の東西に続く、本町・東町界隈は、多くの人々がそぞろ歩く倉敷川沿いからやや北に外れた、静かな町。昔ながらの庶民的な雰囲気を守り続けます。 《本町》を巡る・・・本町から東町へと続く通りは、かって倉敷の中心部から東へと抜ける街道筋。江戸時代には,まんじゅう店や宿,小物商、染物店などが軒を連ねていたと言い、現在も格子戸の宿、杉玉が軒に下げられた造り酒屋、阿智神社へと続く参道…等、むかしのままのような風景に出会うことができます。 ■鶴形山と観龍寺■ 今回の小旅はまず、この界隈のシンボル、鶴形山から。小さな山ですが、山頂付近には倉敷の総氏神様が鎮座します。その周辺は緑豊かな公園として整備され、西麓の鶴形トンネル付近から100段」ほどの石段を上がると、かって倉敷を訪れた文人墨客も必ず訪れたという真言宗の名刹、観龍寺。幕末倉敷の大事件、倉敷代官所が焼き討ちに合った「倉敷浅尾騒動」では、代官所を襲った一行がその足でこの寺に出向き祝杯の宴会をひらいたそうで、荒ぶれる者らが槍で突いたと言い伝えられる跡が山門の左にある小さな戸の上に残っています。■新旧が調和して■鶴形山トンネルすぐ近くにあるこの銀行は、第一合同銀行倉敷支店として大正11年」に竣工。壁は御影石洗い出し,腰壁は御影石貼りのルネサンス風建築。設計者の薬師寺主計は、大原美術館など倉敷を代表する多くの建築に関わりました。 中国銀行やや東にあるのが、国の重要文化財に、指定され、昨年から日を限って内部も一般公開されている井上家住宅。約300年を経た倉敷最古級の町家で、窓に防火用の土塗り扉のある「倉敷窓(角柄窓)」が市内で唯一残ります。 本町・東町界隈の町家のほとんどは、江戸時代半ばを過ぎて興隆した(新禄派」といわれる商人の家々ですが、井上家はそれ以前に繁栄した「古禄派」の旧家が残る珍しい例です。
倉敷のビジネスホテル ホテル ヤングイン倉敷予約ページへ